退職して後悔しないために伝えたいこと【実録】

転職退職

こんにちは。連日お仕事お疲れ様です。

あなたは今の仕事に満足していますか。

天職と思える仕事に就けている人は決して多くなく、仕事は好きじゃないけど生きていくために我慢して働いている、

そんな人が多いのではないでしょうか。

いやそれどころか、連日早朝から深夜まで働きづめて今すぐ逃げ出したいと思っている人も、、

思いつめて今すぐにでも会社を辞めたいと考えているそこのアナタ。

勢いに任せて行動する前に、一旦立ち止まってもう一度よく考えてみてください。

辞めるのはそれからでもいいじゃないですか。

これから始まるお話は、いい歳して勢いに任せて行動し あれから数年経ちますが、

現状は決して退職~転職したことが成功とは言えない生活を送っている男の実録です。

アナタには同じ失敗をして欲しくないので、最後まで読んでみてください。



プロローグ

人生80年とするならば、私はもうその7割の過程を今 生きている。

これまで幾度となく岐路に立たされ、迷い、そのつど決断をしてきた。

決断してきた数は大小織り交ぜ数知れず。

その大半が決断と言う言葉を使って語るには小さすぎて記憶の片隅にも残っていない。

だが、大きな決断のことは苦もなく思い出せる。

中でもこれを話したら人に失笑をかってしまうようなメガトン級の決断があった。

 

『笑う用意はよろしいか?』

 

私は今から6年前、小学1年と幼稚園年少の2人の子供を抱えた50歳手前で、
高卒後に一筋に働いてきた会社を大して迷いもせずに去ることを決断し、次の行き先も見つけないまま、
加えて有給休暇も消化することなく退職してしまった、、

 

PCの向こう側、開いた口が塞がらないアナタの顔が見える。。

まだ登場していないが、私には妻もいる。

『大反対されなかったのかって?』

辞めたいと口にしたのはこの時が初めてじゃなかったから。。

呆れてはいたとは思うけど、止められることはなかった。

会社を辞めるに至った最初のきっかけ

辞めることになるまでには伏線があった。最初のキッカケは退職する4年半前に遡る。

当時私は小さな工場の管理職を任されていた。

会社は都内近郊に多くの店舗を構え、日々、売り上げ利益を追求していく大企業だった。

今でこそ労働環境は大部改善されたようだが、管理職の当時の休みは週1回の定休日以外は非常に取りずらく、帰宅は連日22時をまわった。

それでも工場の日々の売り上げ利益が遅れずに進捗してくれれば、気持ちだけは前向きになれるのだが

(体の方は前述の勤務状況だったのでヘロヘロ)会社の工場に対する目標の考え方がおかしく、努力してもどうにもならないものに

大きなウエイトが置かれていた為、ラッキーが無い月は、月半ばで白旗を振りたくなる状況が度々起きていた。

そんな時、苦労を労ってくれる上司が居たらどれだけ救われただろうと思ったが、

当時の上司は私が休み返上で出勤しても御苦労さんの一言も無い人だった。

また私の性格上、部下に業務の遂行にあたり厳しいことを言わなくてはならない局面でも言うことが出来ず、

日増しに心身共に疲弊していった。

そんな日常を2年以上続けたある日、

『もう限界だ。。』

とにかく現状から逃げたい一心で、次の行き先は決めぬまま上司に退職したい意向を伝えた。

 

翌日、そのことを聞きつけた本部の部長が飛んできてくれて面談をした。

『お前は会社を辞めたいのか、それとも他の部署でなら また頑張れるのか?』

 

救いの言葉だった。

白旗を上げたのだから、そのままクビを切られても仕方がない状況。

そこを救ってくださり、来月から本社で働けるよう取り計らってくださった。

感謝しかなかった。

 

しかし、このとき自ら白旗を上げたことが、後年、自分自身を追い込むことになるとは、その時はまだ知る由もなかった。(つづく)

 

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