転職から6年、定年までは4年を切った

転職

前回は、新しい仕事内容に適応出来ず自業自得から退職するまでを綴りましたが、今回は転職後のことを綴ります。

私はこうして32年間勤めた会社を辞めました
私は今から6年前の50歳手前で会社を辞めてしまいましたが、32年間も勤めた会社を辞めることになる最初のキッカケまでを綴ります。
自業自得が招いた退職
新しい仕事内容に適応出来ず、自業自得から招いた退職までを綴ります

 初めての転職から早6年、ワークライフバランスは向上したが

初めての転職先は、国内大手の保険会社がつくった子会社で、外資系の会社だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのためか福利厚生をはじめ、前職では体験出来なかったことをさせていただいた。

前職では人間ドックを受診出来るのは5年に1度だったが、今は毎年受診させていただいている。

それから今でこそ廃止されてしまったが、入社当時には外車の社用車があり、予約制で週末は無料でお借りすることが出来た。ドイツの某メーカーの車で、計2回お借りしたが、国産とは違う走りを堪能させていただいた。

帰社後の時間帯に有志が集まり、フットサルで汗を流すレクレーションも定期的に催されている。
帰社後にレクレーションをするなんて前職ではありえなかった発想だ。

また、外資系の会社なので英語は話せた方がいいという考えから、社員のスキルアップ教育の一環として、講師を会社に招いての英語スクールを無料で受講させていただいた。

そんな会社に入社して早6年が経ち、ワークライフバランスは向上したが、この度の新型コロナウイルスの影響により今の生活様式を変えていかないとやっていけないことを悟った。

 共働きしないと貯蓄を切り崩すばかり

転職することで私の収入は税込み200万円前後減った。さすがに妻にはパートに出てもらうようになったが、これまで正社員として働いてもらわなかったのは子供がまだ小さかったからと投資信託がうまくまわっていたから。

しかし、この度の新型コロナウイルスの影響を受け、残業が一切出来なくなり(それだけでも毎月3万円ほどの減収)、それに加えて投資信託も大打撃を受けたため、今のままでは増々貯蓄を切り崩すだけになるため、妻には今 連日職探しをしてもらっている。

 ブログを書き始めた本当の目的

私は今、ブログを書いているが、その目的はブログでアフィリエイトをして収益を上げたいと思ったからだ。

アフィリエイトというものを知った時、ただ文章を書いて誰とも会わずに稼ぐことが出来るなんて私にピッタリだと思ったからだ。

そんなブログも開始から1年半が経とうとし、記事数も200程になるが、現状のアフィリエイト成果は皆無に等しい。でも、成果が出ない原因はなんとなく分かっている。

ブログが収益化に有効な特化型になっておらず、ならば雑記ブログでも役に立つ情報が満載ならば救いもあろうが、そういう作りにもなっていないからだ。

定年の壁を世帯としてどう乗り越えていくか、決断を迫られる

今の会社で勤めていられるのも4年を切った。避けて通れない定年退職の壁だ。

日本政府は働き方改革といって60歳を過ぎても雇用を義務化すると言ってるが、現状の実態は努力目標のようになっている。対象の全員が無条件で継続雇用される訳ではなく、”一部の出来る人”が1年毎の契約更新をし、継続雇用される話だと認識している。

厳しいのは、そんな優秀な人でも貰える給料が今の7割位になってしまうこと。
年寄りは優秀な人材であっても必要ないということなのか。日本政府にはあと数年のうちに、優秀な人材は定年前と変わらない給料を保証することを義務化して欲しいものだ。

体が劣化していく分、1年毎の更新はやむを得ないと思うが。

うちは2人の子供がまだ小さい。下の子を4大まで出してやることを考えると、今の世帯収入を私が68歳になる頃まで維持し続ける必要がある。68歳だ。。

小遣い稼ぎ程度の仕事では許されない状況だ。(つづく)

 

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